騎士団長殺し

 

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

最後まで読むと、〈第2部終わり〉とある。これは、第2部が終わっただけで続きがありますよということなのか、第2部のここで完結ですよということなのか、どっちなんだろう?

どっちにも受け取れるところが、この作品の特徴なんでしょう。つまりは、これで話が終わってもおかしくないし、続きがあってもおかしくない、という、どっちでもいいような作品だっていうこと。

もっとはっきり言えば、村上春樹は終わったということ。

タイトルの「騎士団長殺し」を目にした時は、これまでとなんか雰囲気違うぞって、ちょっと期待もあったのだけど、中身を見れば、な〜んだ、これまで書いてきたことの再利用というか自家製パロディというか、つまりは作家の才能が尽きた後の哀しい残骸でしかありませんでした。

井戸の話は「ねじまき鳥クロニクル」で出てきた(と思う)し、ちょっと変わった美少女は「1Q84」で出てきた(と思う)し、異界の地下は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」で出てきた(と思う)し、これまでの作品の使い回し以上のものがない。

誓って言いますが、私は、19か20の頃、「羊をめぐる冒険」を読んだときに、「こんな小説があってもいいんだ」という強い衝撃を受けました。それまで読んできた小説(太宰とか大江とか芥川とか森鴎外とか)とはまったく違う新しさに、ほんとうに驚いたのです。 

それからというもの、村上作品は翻訳物を除けばほとんど買って読んでいます。つまりは大ファンと言ってもいいくらいの私ですが、はっきり言ってもう、村上春樹は見限ります。

おそらく村上春樹作品で読むべきものは、ギリギリのところ、「ねじまき鳥クロニクル」(これも第2巻は余計ですが)までだったのだと思います。それ以降の作品は、言ってみれば、「晩節を汚す」といった態のものでしょう。

私のこの拙いブログが村上さんの目に触れることはありえないでしょうが(だからこそこんな失礼なことを書き連ねているのですが)、もう一度、震えるような感動作を読ませてほしいと、その可能性が薄いと思いつつ、願って止みません。