5 (角川文庫)

5 (角川文庫)


停電したエレベーターの中で謎めいた女と手のひらを合わせた男が、愛情を失くしていたはずの妻に欲情するという不思議体験から物語が始まり、そのファンタジーとミステリーのあいのこみたいな出だしはまるで村上春樹っぽくて、期待が高まったのだが、どうもその手の傾向に作者は走るつもりはなかったようで、だらだらした雰囲気で最後までいってしまったのだが、それでもなんかとても面白かったのである。例えば、晩ご飯で、他になにもオカズがなくて最初から最後までチャーハンだけを食べるのが苦にならないように(チャーハンが嫌いな人には苦だろうけれど、まあ、他人のことは差し置く。)、特段メリハリのある話(オカズ)もないのに、文章自体が面白い(おいしい)みたいなものである。
引き合いに出されて迷惑だろうが、たとえば東野圭吾の文章なんかだと文章に旨みがないので、ストーリーがつまらなければそれまでであるのに対し、佐藤正午の文章はそれ自体がおいしいものだから、仮にストーリーがつまらなくたってそれなりに面白いんである。